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ホイットニー・ヒューストン

今でも信じられない ホイットニー・ヒューストン の突然の死です。




私が彼女の存在を初めて知ったのはデビュー当時のことが写真週刊誌に掲載されたものでしたが、そのマネキンのようなしなやかなプロポーションに目が奪われましたが当時ファッションモデルも兼ねていたようですね。

今回調べて分ったことはファンのアレサ・フランクリンは、ホイットニーの名付け親であり代母でもあるのですね。





ホイットニー・ヒューストンの代表曲と言えば「オールウェイズ・ラヴ・ユー」。1992年に発売され、映画『ボディー・ガード』主題歌として全世界で大ヒットを記録した。




1990年、湾岸戦争で、25回スーパーボウルのゲームの開催自体が危ぶまれる中で、彼女が歌った国歌斉唱は、ゲームの劇的な展開と共に、世界中のファンの記憶に残ってることでしょう。

振り返ってみれば彼女の絶頂期とも言えそうです。


1990年ホイットニー・ヒューストンの国歌斉唱

youtube


ホイットニーの伝説の国歌斉唱となりました。




B5サイズ イラストボード        鉛筆      2012.04月




ルチアーノ・パヴァロッティ

ルチアーノ・パヴァロッティ(Luciano Pavarotti、1935年10月12日 - 2007年9月6日)はイタリアのテノール歌手で、オペラ歌手では最も著名な1人だった。



堂々たる歌いっぷりと巨漢ながら人懐っこい笑顔で世界のファンを魅了しましたね♪





既に生の声は聴けなくなりましたが素晴らしい3大テノールの声をもう一度

【pavarotti & carreras & p. domigo- cielito lindo - roma 1990】:youtube




 >3大テノールのパバロッティさんは1935年生まれ、イタリア北部モデナ出身。1961年にイタリア国内でオペラ・デビューを飾り、伸びやかな美声でたちまち世界的な人気を獲得した。技術的に困難な高音を軽々と繰り出す名技から、「キング・オブ・ハイC」の異名を取った。世界中の著名歌劇場でイタリア・オペラに出演する一方、レコード録音にも意欲的に取り組んだ。

 日本には71年に初めて来演。満面に笑みを浮かべる人懐っこい性格で、女性を中心にファンを増やした。

“キング・オブ・ハイC”、“神に祝福された声”と評された豊麗な美声、申し分ない声量、明晰な発音、輝かしい高音が魅力の名テノールであった。20世紀後半にクラシック音楽界が輩出したスーパースターの1人である。<




ここでどうしてもテレビ番組【ものまね王座決定戦】でグッチ祐三がこのルチアーノ・パヴァロッティを真似て歌っていたのでダブってしまい一人クスっと笑ってしまう私なのですが、最近だんな様も真似てるの プッ^m^





B5サイズ イラストボード        鉛筆      2012.02月





スティーブ・ジョブズ

昨年中に描き上げたい一枚でしたが、やっと仕上がりました今は亡き スティーブ・ジョブズ氏 です。

ウエブ スティーブ・ジョブズ 



同氏に関しては私どもがお話するまでもありませんが、訃報を知り世界中のジョブズファンが哀しみに暮れました。

鉛筆 ステーブ・ジョブズ 1



>ジョブズのトレードマークである黒のタートルネックは、三宅一生デザインのもの。ジョブスが1980年代に盛田昭夫に案内されてソニーの工場見学をしたことがきっかけになっている。三宅デザインのソニーの制服に感心したジョブズは、三宅にユニフォームを発注して、アップル社の制服にすることを提案したが、これは受け入れられなかった。しかしこれを機にジョブズは三宅デザインの黒のタートルネックとリーバイスのジーンズ、ニューバランスのスニーカーを自分のユニフォームと位置づけ、毎日それだけを着続けるようになったという<



>業界でジョブズにまつわる人物は数多いが、中でもマイクロソフトのビル・ゲイツは同じ1955年生まれということもあって、独特のライバル関係にある。世間では確執が語られることも多いが、自他ともに認める友人でもあり、ビジネスのみならずプライベートでも関係が深かったことが知られている。互いにビジネスの才覚については高く評価している





ビル・ゲイツ, The Gates Notes, 2011年10月5日

“スティーブのように深い影響力を与えられる人間は、めったにいない。その影響はこれからの多くの世代にも受け継がれるだろう。”



また、ジョブズ氏はスピーチの名手とも言われますが興味のある方はこちらを:スティーブ・ジョブズの感動スピーチ



B5サイズ イラストボード        鉛筆      2012.01月




ルイ・アームストロング

ご存知サッチモ(Satchmo)という愛称でも知られ、20世紀を代表するジャズ・ミュージシャンの一人である ルイ・アームストロング を拙いながら私なりに鉛筆で描いてみました。

今にもあのしわがれた独特の歌声が聞こえてきそうです。





写真を元に描くのですがサッチモと同じように私もズッと目を見開いたまま描くこととなりました プッ^m^

特徴はあの大きな見開いた目ですが全体にベビーフェイス風になってしまい、目尻とフェイスラインを何度も繰り返し描きなおしました。





音楽の楽しさを身をもって世界中に広めたサッチモですが映画も素晴らしかった。

因みにルイ・アームストロングが出演した映画は:

Jazz Seen/カメラが聴いたジャズ(2001)
ミニー・ザ・ムーチャー(1981)
パリの旅愁(1961)
真夏の夜のジャズ(1959)
5つの銅貨(1959)
悪いやつ(1959)
上流社会(1956)
グレン・ミラー物語(1954)
ヒットパレード(1948)
黄金の雨(1936)



歌の方でもスキャットという手法を広めたことで知られ、マイルス・デイヴィスは「アームストロングは喋りまでジャズになっている」と語っていますね。






サッチモのこの独特の表情は楽しそうでもあり哀しそうでもあり・・・。




B5サイズ イラストボード        鉛筆      2011.11月



坂本 龍一

暑い夏が過ぎ、季節の移ろいは早いもので秋も暮れようかという頃になって参りました。

忙しい合間に集中する時間を見つけやっと大胆にも教授こと 坂本 龍一  を鉛筆で描いてみました。

見るからに一分の隙もない教授



最初知ったのはやはりYMO時代でした。今でも世界的に活動している日本人ミュージシャンの代表とも言えますね。

また、>映画『戦場のメリークリスマス』の音楽を担当したことをきっかけに映画音楽の作曲も手掛けるようになり、1987年公開の『ラストエンペラー』[2]では日本人初のアカデミー賞オリジナル作曲賞を受賞し、以降、国内外の映画音楽を手掛け、映画音楽家としての地位を築いた。<



描いてる間も髪の毛1本にまで神経が行き渡ってるように感じましたが、特徴のある美しい瞳が何と言っても難しかった。結果、少々怖い目付きになってしまいました ゴメンナサイ^^;


そして、長年、環境問題に真剣に取り組んできて脱原発を訴えていました。父親は河出書房の編集者で坂本一亀氏だということはつとに有名ですね。

他にも脱原発について書けば長文になりそうなので割愛・・・。





B5サイズ イラストボード        鉛筆      2011.9月
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